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隠れ放大生のつれづれ履修メモ

北畠親房

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#2009.6.28 総合文化センター正面出入口にて。(IXY DIGITAL 10)

2009年6月27日(土)〜28日(日)
担当講師:岡野友彦 (皇学館大学文学部教授)

6/27(土)、朝一番の南紀に乗って所属センターへ。

列車が津駅に到着するのは8時43分頃。
しかし駅からセンター行きのバスは8時40分発車…。

以降、授業に間に合いそうな適当なバスがないので徒歩でセンターに向かう。

駅からセンターまでは約25分ほどかかりました。
そんなに遠いわけではありませんが、駅からバスだと道が渋滞していなければ
5分ぐらいでセンター前に着きます。

授業のテキストはB4プリント2枚、A4プリント43枚。
先生はマイク片手にデンポ良く進行していき、ホワイトボードの板書も
だんだんマインドマップ化され(登場人物などの系譜が複雑に…)、
北畠親房について予備知識のない私にはハードな授業でした。
しかし、今学期に科目登録している日本の思想(’08)の内容と重なる部分があったので、

いい参考(補講)授業になりました。

北畠親房と言えば神皇正統記ですが、
私も正直、それぐらいしか知りません…。

神代から後村上天皇(1328生~1368没)までの歴史を追って、
南朝の正統性を説いたものらしいです。
ここで少し面白かった(?)のが、

当時の皇位継承は父子一系ではないということでした。
日本の皇位は125代続いていて、
それが世界的に見ても稀な存在なので
単純にすごいな、などと思ってしまいますが、

父子一系になっているのは、近年では光格天皇(1771生~1840没)から
現在の今上天皇までで、
それ以前は父子が不可能だった場合は、近親者などに継承されていたそうです。

そしてこの授業のハイライトは、北畠親房の没年と墓です。
没年とその場所(墓)には複数の説があるそうです。
一般的には、歴史上の人物は出生年月日の記録が曖昧でも
没年は比較的明確なので、
(当時の誰かが、その人物について何かに書き記したりしているので)

北畠親房クラスの人物の没年が明確ではないというのは、
珍しいことなのだとか。
その没年と墓の有力説は、先生著の北畠親房 大日本は神国なりでお楽しみください。

北畠親房―大日本は神国なり (ミネルヴァ日本評伝選)

北畠親房―大日本は神国なり (ミネルヴァ日本評伝選)